2013年07月21日

宮崎駿にはがっかりした(怒)

 スタジオジブリは政治活動をする団体なのか

 スタジオジブリ発行の小冊子『熱風』7月号に宮崎監督の弁が掲載されている。

 内容は、アニメのことというよりも、政治に関することが書かれているが、いつからジブリは政治に物申す団体になったのだろう? 作品で何かをアピールすることは結構だが、影響力の有る人間が、気易く政治に関する文書での批評をするのはどうだろうか? やるなら個人のブログ等でやるべきで、ジブリとしてするのはどうかと思う。 しかも、ジブリには結構な問い合わせや異論が寄せられているようだが、ジブリとしては答える気は無いそうで、ここが最も問題に感じる。 あれほどの団体、僕のようないち小市民ブロガーでは無く、世の中に与える影響が大きいのだから、全ては無理でも誠意を持って対応し、答えるべきだ。 それができないなら発信してはいけない

 宮崎氏は同誌の中で、下記のようなことを言っている。

 以下、同誌より一部抜粋。

 『慰安婦の問題も、それぞれの民族の誇りの問題だから、きちんと謝罪してちゃんと賠償すべきです。領土問題は、半分に分けるか、あるいは『両方で管理しましょう』という提案をする。この問題はどんなに揉めても、国際司法裁判所に提訴しても収まるはずがありません。』 抜粋終わり。

 こんな話、有り得ない。 自虐史観から抜け出せない人間のたわごとにしか聞こえない。 だいたいそんな話が通用する相手か? これ以上賠償しても、骨の髄までしゃぶりつくすまで攻撃して来るような民族相手に何を甘いことを言っているのか

 本当に宮崎氏にはがっかりした

 これからは素直にジブリ作品を楽しめなくなりそうなのがまた残念だ。 最近の作品は名前で観客を動員しているだけで、大して面白いものは無いが、昔の作品は本当に良いモノが多かっただけに悔しくすら感じる。

posted by ちゃんちゃん at 11:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつからジブリは政治に物申す団体になったのか。

冊子の鈴木氏の文を読めば、「今」だったと言えるでしょうね。

私はジブリ作品を一握りも見ていませんが、宮崎氏の映画には常に確固とした思想があったのだと思います。そしてそれらは、厭世的で投げやりなものではなく、むしろ強さを感じます。だからこそ万人に受け入れられる作品を作り続けてこられたのではないでしょうか。

思えば「火垂るの墓」なんぞはジブリ作品では異彩をはなっているようにも見えますが、ストレートに戦争とはどういうものかを訴える作品です。宮崎氏の作品ではありませんが、ジブリの根底にあるメッセージと受け止められるようにも思います。

これまではアニメーションを通して個人の感性に委ねる形でメッセージを発信していたのが、鈴木氏の問いかけに宮崎氏が答える形で「文字化」された、ということなのでしょう。

ただ、上のピンクの引用部分については、宮崎氏の個人的な思いが空回りした部分だと思われます。文字になるとなおさら、こりゃ極論すぎたなと、今更ながら氏も思っていたりするのではないでしょうか?

これからは素直にジブリ作品を…という気持ちも十分にわかります。

あんなに美しく、それでいてエキサイティングなフィギュアスケートを僕はもうほとんど楽しめていないですからね(涙)


言葉が足りませんが、朝からいろいろ考えてみました。すみません。仕事、行きます。
Posted by demachi at 2013年07月24日 06:04
朝のお忙しい時間にコメントいただき、ありがとうございます。

 demachiさんはジブリ作品を観ていないとは、そういう人は結構珍しいですよね? まあ、僕も最近のはほとんどまともには観ていませんが、嫁さんや子供達と一緒にそれなりには観ています。 でも、心に響いた作品は近年有りません。

 僕の想いは、『影響力の強い人間は特に言葉を選んで発言すべきだし、自分の発した言葉が波紋を起こしたのなら、きちんと色々な意見に回答すべき。』ということです。 これにつきるということです。
Posted by ちゃんちゃん at 2013年07月24日 18:15
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