2014年02月01日

サクラチトセオー死す

 95年の天皇賞馬、サクラチトセオーが死んだ。


 1995年の天皇賞(秋)の覇者・サクラチトセオーが死亡(netkeiba.com)

 1995年の天皇賞(秋)を制し、現在は北海道新ひだか町の新和牧場に繋養されていたサクラチトセオー(牡24)が、30日に老衰のため死亡していたことがわかった。

 同馬は父トニービン、母サクラクレアー、その父ノーザンテーストという血統。妹に95年のエリザベス女王杯を優勝したサクラキャンドルがいる。92年に競走馬としてデビューし、94年の中山記念で重賞初制覇。同年の京王杯AH(当時)では当時の日本レコードとなる1分32秒1を叩き出した。その後も重賞戦線で活躍し、95年のAJCC、天皇賞(秋)を制した。

 通算21戦9勝で95年末に引退し種牡馬生活に入り、99年のラジオたんぱ杯3歳S(当時)を制したラガーレグルスや、04年のダイヤモンドSの勝ち馬ナムラサンクスなどを輩出。11年に種牡馬を引退し、前述の新和牧場で余生を過ごしていた。


 大流星が格好良い、好きな馬だった。

 境勝太郎厩舎所属で小島太騎手が主戦という、典型的なさくらコマースの馬だった。

 僕は馬券でも随分とお世話になった。

 94年の中山記念では、1位入線したケントニーオーが降着となり、繰り上がりで重賞初制覇。
 僕はケントニーオーとの組み合わせが本命だったため、馬券的にはケントニーオーが降着とならなければボロ勝ちだった[E:crying] 繰り上がり2着のフジヤマケンザンとの組み合わせも買っていたため、一応は勝利となったが、随分と額が減って残念な想いをしたものだ。(それでも20.9倍ついていた)
 僕の馬券人生の中では、降着で最も被害を受けたレースはこのレースだ[E:weep]

 同年の京成杯オータムハンデは当時のマイルの日本レコードとなる1分32秒1という驚愕のレコード勝ち。
 この時は2着エアリアルとの馬券をたんまり買っていたため、かなり勝った。

 なかなか勝てなかったGⅠも95年の天皇賞・秋でジェニュインを降し初勝利。
 馬券は獲った記憶は無いが、嬉しかったのは覚えている。


 24歳でもう老衰・・・
 後継種牡馬となるような産駒を残せなかったのは非常に残念だ。

 ご冥福をお祈りいたします。

posted by ちゃんちゃん at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ギャンブル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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