2014年06月23日

ミシェル・ウィーが悲願のメジャー初制覇!! 横峯さくらも奮闘7位! : 全米女子オープンゴルフ

 10年前にはもっと早く達成されるであろうと思われていた『天才少女』のメジャー制覇でしたが、24歳となったいま、まさに『悲願の』メジャー初制覇となりました[E:happy02]

 天才少女からの脱却 ミッシェル・ウィがメジャー初勝利!(GDO)

ノースカロライナ州のパインハーストNo.2で開催された「全米女子オープン」最終日。単独首位から出たミッシェル・ウィが2バーディ、2ボギーの「70」(パー70)で回り通算2アンダーとして今季2勝目、メジャー初優勝をナショナルオープンで遂げた。

サンバイザーの大きなつばの下で、ウィは何を思っていたのだろう。最終18番。彼女はうつむいたままフェアウェイを歩き、グリーンへと足を進めた。「私は完全に我を失っていた。ぼうっとしていたの」。1メートルのパーパットを沈め、込み上げる思いを抑えるように口を手で覆った。スタンディングオベーション輪の中で、歓喜と達成感が体を突き抜けた。

予選ラウンドを単独首位で通過しながら、3日目の「72」でエイミー・ヤン(韓国)にトップで並ばれ、自ら混戦を呼んだ。しかしこの決戦の日を迎えた心境は「朝起きた時から、興奮していた」だったという。

その言葉通り、4日間で最大のピンチを前に、ウィは笑っていた。先にホールアウトしていた2位のステーシー・ルイスに3打差をつけて迎えた16番。強烈なアゲンストの風が吹くホールで、ダブルボギーを叩いた。しかし続く17番(パー3)、表情は勇気で満ちた。6メートルのバーディパットをねじ込み、右の拳を何度も振り下ろした。ルイスは「彼女はあれで勝った」と言った。最高難度のセッティングで、終わってみれば156人の出場選手のうち、唯一の通算アンダーパーをマークした選手になっていた。

5歳で100ヤードのショットを打ち、プロのトーナメントに初めて出場したのは12歳の時。その後、日本を含め男子の試合にも参戦し“天才少女”の呼び名は、いつも付いて回った。しかしツアー初勝利を挙げたのは20歳。期待が大きかっただけに、道のりは険しかった。

翌年の2010年、2勝目を挙げたが、その後のスランプは長かった。それでも「自分の力を疑ったことは何度もあった。でもサポートしてくれる家族、仲間のみんなは、私を決して見放そうとはしなかった」。プロゴルファーとして、ひとりの人間として、成長の糧になったのがスタンフォード大で過ごした4年半の時間。「ここでの友達は、ゴルフなんて知らない。それぞれの人となりを知りながら、友達になれるのがいい」。人並み外れた体格やゴルフの才能も、そこでは無縁。幼いころから特別視されてきた感覚は、ゆっくりと薄れていった。

24歳でのメジャー制覇は、もちろん遅いはずがない。でもウィは言った。「年齢なんて、関係ないの。この試合を34歳で勝とうが、24歳で勝とうがね。このトロフィに名前が刻まれることが、最も重要なことだと思うから」。天才少女の呪縛から、解き放たれた瞬間だった。(ノースカロライナ州パインハースト/桂川洋一)(引用終わり)


 僕は今朝、4時半頃から観戦していた。
 16番パー4の2打目を、バンカーなのかネイチャーエリアなのか解らないような場所にあるワイヤーグラスに完全に隠れるような形でボールは有った。 その段階で、ダブルボギー以上を覚悟する必要が有ったくらいだ。
 しかし、ウィーはほとんど迷うことなくアンプレアブルを宣言し、後方にドロップして4打目を打った。 結果は2パットのダブルボギーだった。 しかし、もしアンプレアブルをしなければ、トリプルボギー以上の可能性も有ったことを考えると、結果的にも英断だったと言えると思う。

 信じられなかったのはその後の彼女だ。
 この厳しいコンディションで、2位と1打差となったにも関わらず、追い詰められた感が無く、笑顔さえ見せていた。 これまでの挫折が彼女を強くしたのだろうか?
 17番では長いバーディーパットをど真ん中から決めて派手なガッツポーズを見せた。 18番のティーショットをフェアウェイど真ん中に運んだ段階で勝負は完全に決まった。

 アマチュア時代にも優勝を争ったメジャーの舞台で栄冠を掴むのに10年を要した。
 観ていたこちらもジーンとくるような優勝だった。


 調べてみると、僕は彼女のプロでのツアー初勝利の時も記事を書いていた。

 元『天才少女』ミシェル・ウィーがプロ初勝利!! : ロレーナ・オチョア招待

 不振を乗り越えて勝利を掴む彼女に感動を憶えたのは5年前も今回も同じだ。

 今回驚いたのは、パッティングのフォームが凄く変わっていたこと。
 調べた範囲では、パッティングが上手な選手は背の低い選手が多く、背が高くてボールと目が離れている自分には不利だと考えたからだとか。 コーチの制止を振り切ってあの腰を深く折ったフォームに変えたとか。

 できることは何でもして、ついに得た栄冠はさぞ嬉しいことでしょう。
 今後の活躍を期待したいです。


 さて、日本勢では横峯さくら選手が頑張りました。 粘りましたといった方が良いでしょうか?

 横峯さくら「トップ5に入りたかった」ParOn.(パーオン)

全米女子オープン(6月19~22日、米国ノースカロライナ州・パインハースト ナンバー2、6649ヤード、パー70)

 全米女子オープンのファイナルラウンドが行われ、7位タイでスタートした横峯さくらは、3バーディ、4ボギーの71で回り、通算4オーバーで7位タイに入った。10年の10位タイに続き全米女子オープンで2度目のトップ10入りとなった。

 最終日の朝、食事が喉を通らないほど緊張していた。そこでこの日の目標を夫であり、メンタルトレーナーの森川陽太郎氏と相談。

「私はイーブンパーでもいいと思ったのですが、主人がトップ5といったので、主人に乗っかりました」

 トップ5入りを目指してスタートし、5番(パー5)、9番(パー3)でボギーとスコアを落としたが、10番(パー5)、11番(パー4)、13番(パー4)でバーディを奪って盛り返す。この時点で首位とは4打差だったが4位タイに浮上。展開次第では優勝も狙える位置だった。しかし、14番(パー4)、16番(パー4)はともに2打目を左へ曲げて、ガードバンカーに入れると寄せられずにボギーと落としてしまった。

「ラウンド中は優勝を意識したことはなかったです。なかなかボードも見られなくて。左へのミスが出たときにボギーをしてしまいました。そこはこれから修正したいですね。今大会課題にしていたアプローチを寄せることは、ある程度できていました。優勝争いできず、トップ5にも入れなかったことは残念ですが、私の実力としては満足です」

 これまで順位を目標にすることはなかったが、森川氏と契約した昨年から、目標設定を行うようになっていた。順位を明確にすることで「不安のほうが大きくなる」というが、順位を設定することでボギーは悔しい、バーディはうれしいと感情が出るようになり、いい緊張感の中で回れたという。

 メジャーの距離が長いセッティングに、日本ツアーで戦う以上にクラブを振っていた。

「距離が長いので振らないと厳しいですからね」

 そんな全力プレーと我慢のプレーを4日間続けた結果が7位という成績につながった。

「やっと終わったっという感じですね。まだまだ技術的にはまだまだ足りないと思いますが、精神的にはしっかり向き合えるようになったと思います。今回はいい経験値を積めたと思います」

 4月に結婚してから、思うような成績が出ていなかった。

「結婚してから悪くなったと言われないようにって、二人て話していたんです。今回、いい結果で良かったです」(森川氏)

 ホールアウト後は新婚夫婦に戻るが、縁の下の力持ちが横峯をさらに強くしている。

文・小高拓(引用終わり)

 僕が起きてTVをつけた直後にバーディーを奪取。 さらに2ホール後にまたバーディー。 優勝は無理でも一瞬2位も有るかと思ったほど。
 残念ながら、最後に2つ落としてしまいましたが、横峯選手自身メジャー最高位の7位で来年の出場権も獲得。 僕の印象ではなかなか相性の良い大会と思えるので、来年も期待したい。

 今大会で横峯選手の凄かったところは、4日間を通してダブルボギーが無かったこと。
 この厳しいセッティングの大会で、ちょっとトラブルが出たら誰でも簡単にダブルボギーが来ていた。 上位選手もそうだ。 他にダブルボギーを打たなかった選手っていたのだろうか? と思うくらい厳しいセッティングだった。

 こちらも今年後半の戦いぶりに期待したい。

posted by ちゃんちゃん at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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