2017年04月11日

真央ちゃんのこれからの人生が誰よりも幸せなものになりますように・・・ : 浅田真央、競技から引退

 『ついに』と言うべきか、『もう?』と言うべきか・・・

 正直、この事実を知った瞬間は、ほっとした気持ちでした。
 でも、その後にTVのニュースでソチの映像等が流れると、真央ちゃんの競技としてのフィギュアスケートを観れなくなる寂しさでいっぱいになりました。
 ファンなんて、実に勝手なものですね・・・
 
 
 僕がこのニュースを知ったのは今朝の起床直後でした。
 ここのところの体調の悪さ等から最近は早寝をしており、僕が寝床で照明を消したのがちょうど真央ちゃんがブログで引退を表明された頃でした。
 朝、予定より早めに目覚めたので、寝床で何気に携帯をいじり、ふと黒猫さんのブログを覗いた時、急にコメントが伸びていたので『何かな?』と思ってそのコメントを読んだ時でした。
 正直なところ、自分でも不思議なほど驚くことも無く、冒頭に書いたように、ほっとした気持ちを感じました。

 そのまま起きて、朝食を摂りながらTVのニュースを観ていると、どこのチャンネルを回してもソチの映像等が流れていました。
 その時にようやく実感が湧いて来たのか、寂しい気持ちが出て来て目頭が熱くなりました。 おそらくはもう彼女の競技としてのフィギュアスケートが観れなくなるという寂しさだと思います。

 あさチャンでは織田君が生中継で出演していました。
 彼は予想通りTVに映った瞬間にはもう目を腫らしているような感じで、鼻の頭も赤くなっているようでした。
 本当に彼らしいですね・・・

 本記事は超長くなりますが、まずはそんな織田君関連のニュースを先に紹介したいと思います。



 織田信成 浅田真央引退に生号泣 第一声から30分涙止まらず「寂しい」(スポニチアネックス)

 プロフィギュアスケーターの織田信成(30)が11日、木曜レギュラーを務めるTBS「あさチャン!」(月~金曜前5・25)に大阪・茨木市から生出演。フィギュアスケート女子で世界選手権を3度制し、2010年バンクーバー五輪で銀メダルを獲得した浅田真央(26=中京大)の現役引退に対し、生放送も気にせずに号泣した。

 午前6時52分に登場。司会の夏目三久アナウンサー(32)に「どのように受け止めましたか?」と聞かれると「復帰してからは、真央ちゃんがどんな決断をしても応援していこうと思っていたんですけど、やっぱり引退と聞いて、すごく寂しい気持ちがあります」と第一声からいきなり涙を流し、しゃくり上げた。

 その後、浅田の軌跡を振り返るVTR中も、画面右下のワイプで見守りながら涙。「気力がなくなったということでしたが、ここまでよく頑張ってくれたと思います。これだけスケートに熱い情熱を持って、長年フィギュアスケート界を引っ張ってくれたというのは、ものすごいことなんじゃないかと思います。これだけたくさんの方に愛されたスケーターは真央ちゃんぐらい。みんなが大好きだった選手。ブログの『私のフィギュアスケート人生に悔いはありません』という一文に、アスリートとしての真央ちゃんの潔さが見えたかなと思います、などと、ハンカチを手に何度も涙をぬぐった。

 浅田のブログの一文「この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています」が紹介されると「僕も早く笑顔になれるように頑張ります」と笑いを誘ったが、最後に浅田に言葉を掛けるとしたら?と聞かれると、再び号泣。「今はゆっくり休んでほしいです」と絞り出した。午前7時20分まで、約30分、ほぼ泣き続けた。

 織田は涙もろいことで知られる。
 (引用終り)


 織田君は自分の関大アイススケート部の監督就任会見後のインタビューでも人目をはばからず号泣したようだ。


 関大・織田新監督、真央思い号泣「フィギュアスケートに愛された天使」(スポーツ報知)

 フィギュアスケート男子2010年バンクーバー五輪7位で、関大体育会アイススケート部の新監督に就任した織田信成氏(30)が11日、大阪市内で10日に現役を引退した浅田真央(26)=中京大=の思い出を振り返った。

 ニュース速報で浅田の引退を知ったという織田新監督は「フィギュアスケートに愛された天使。もう(浅田の演技が)見られない現実が寂しい。バンクーバー五輪に出場した選手がみんな引退して、一つの時代が終わったのかな」と号泣してハンカチで涙をぬぐった。

 浅田にはLINEで「お疲れさま」と連絡し「いつも応援してくれて、ありがとう」とメッセージが返ってきたという。子供にレゴブロックをプレゼントしてくれたりする浅田について「普通の生活を思う存分、楽しんでほしい。同じバラエティー番組に出ることはないと思うけど、アイスショーに出られれば」と第2の人生にエールを送った。
(引用終り)


 織田信成氏が涙「戦う浅田真央選手が好きだった」(日刊スポーツ)

 10年バンクーバー五輪のフィギュアスケート男子シングルで7位に入った織田信成氏(30)が11日、大阪市内で母校・関大のアイススケート部監督就任会見に臨んだ。現在はプロフィギュアスケーターや、タレントとして活躍。仕事を続けながら、学生の指導にあたる。

 会見では親交が深く、前日10日に現役引退を表明した浅田真央(26=中京大)について話が及んだ。織田氏は涙を流し「戦う浅田真央選手が好きだったカッコいいし、尊敬していた。その姿が見られないと思うと…。またゆっくり、一緒にカフェにでも行きたい」と思いを語った。
(引用終り)


 『天使』という表現は本当に真央ちゃんにぴったり。 でも天使では無く、時には『悪魔』にも『悪女』にも、『闘士』にもなれるのが真央ちゃんの凄い力だった。
 『戦う浅田真央選手が好きだった』というのは本当にその通り。 誰よりも可愛らしいのに、誰よりも頑固なファイターだった。 それが何モノにも替えがたい魅力でした。


 ここで真央ちゃんの本筋の引退報道に廻りたい。



 【真央のブログ全文】悔いはありません。笑顔を忘れず前進していきたい(スポニチアネックス)

 ◇浅田真央 引退を発表

 浅田のブログは以下の通り。

突然ですが、私、浅田真央は、フィギュアスケート選手として終える決断を致しました。

今まで、長くスケートが出来たのも、たくさんの事を乗り越えてこれたのも、多くの方からの支えや応援があったからだと思います。

ソチオリンピックシーズンの世界選手権は最高の演技と結果で終える事ができました。その時に選手生活を終えていたら、今も選手として復帰することを望んでいたかもしれません。実際に選手としてやってみなければ分からない事もたくさんありました。

復帰してからは、自分が望む演技や結果を出す事が出来ず、悩む事が多くなりました。

そして、去年の全日本選手権を終えた後、それまでの自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました。このような決断になりましたが、私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。

これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています。

皆様、今までたくさんの応援、本当にありがとうございました。

浅田真央
(引用終り)


 ソチで辞めて燻らず、燃え尽きて辞められたのだとすれば良かったと思いたい。

 真央ちゃんの引退を受け、続々と続報が・・・
 あまりに多いので、もう順番を気にしてはいられない(苦笑)


 浅田真央引退表明 悲運の女王 伝説に幕 真央ちゃん、国民的スター(産経新聞)

 引退を表明したフィギュアスケート元世界女王、浅田真央(26)は、超一流のアスリートであると同時に「真央ちゃん」と親しみを込めて呼ばれる国民的なスターでもあった。「お疲れさまと言ってあげたい」。14歳で世界ジュニア選手権を制し、数々のタイトルを手にした天才少女は、多くのファンに惜しまれながらスケートシューズを脱いだ。

 「百点満点の出来。最初は緊張があったけど、トリプルアクセルの前にはなくなっていた。アクセルを決めたかったのでうれしい」

 2005年、カナダ・キッチナーで開かれた世界ジュニア選手権で、浅田は当時、男子でも難しいとされた3回転半ジャンプ「トリプルアクセル」を決めて優勝した。翌06年にはシニアのビッグタイトル「グランプリファイナル」、08年には世界選手権で初優勝し一躍、世界のトップの座に。

 ジャンプだけでなく、華麗なステップや美しいスピンなどで、今に続く日本フィギュア全盛期の先駆けとなった。一方、愛らしい表情や真摯な語り口で親しまれ、テレビのCMなどにも多く出演した。

 ただ、五輪の頂点には縁がなかった。06年のトリノ五輪には年齢制限のため出場できなかった。同五輪では荒川静香が金メダルを獲得したが、「浅田が出場していたら」とささやく声も聞かれた。

 満を持して出場した10年のバンクーバー五輪では、ショートプログラム(SP)、フリーをあわせ3度の3回転半に成功したが、金●児(ヨナ)(韓国)に及ばず銀メダル。「初めての五輪は悔しかった」と涙を流した。

 4年後のソチ五輪ではSPで16位と出遅れたが、フリーで8つの3回転ジャンプを組み込んだ渾身の演技を見せ、リンクの上で感極まって涙を流す姿が感動を呼んだ。

 11年には全日本選手権直前に母の匡子さんが急逝。悲しみの中で5度目の優勝を果たし「(母が)一番近くにいるような気がした」と目を潤ませるなど、逆境で見せる強さが国民の心を引きつけた。

 ともに現役時代を過ごし引退の知らせに「泣きそうになった」という元フィギュア選手の中野友加里さんは「小さいころ一緒のリンクで練習したが、それこそ一日中練習していた。天才と騒がれていたけれど、自分に厳しい努力の人だった。ずばぬけた技術、美しさもあったが、一番のすごさは苦しさから逃げない精神力。天才である上にたゆまぬ努力を重ねたスケーター存在感は別格だった」と惜しんだ。
 (引用終り)


 浅田真央、尊敬を集めた演技と人間性 引退後も語り継がれる希代のスケーター(スポーツナビ)

突然の幕引き「気力なくなった」

 そのニュースは唐突に発表された。「復帰してからは、自分が望む演技や結果を出すことができず、悩むことが多くなりました。そして去年の全日本選手権を終えた後、それまでの自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました」。

 浅田真央(中京大)が10日、自身のブログで引退を表明した。現在26歳、言わずと知れた日本フィギュアスケート界の中心的な存在だ。多くの尊敬と注目を集め、人々を魅了し続けたアスリート。そんな彼女との別れは突然やってきた。

 信じ難い気持ちだった。12位と自己最低の結果に終わった昨年末の全日本選手権では、現役続行か否かを問われ、前向きな姿勢を見せていたからだ。ましてや来年には、自身の最終目標としていた平昌五輪が行われる。少なくとも来季までは競技を続けると思われていた。だからこそ突然の幕引きに驚きを禁じえなかった。

「ソチ五輪シーズンの世界選手権は最高の演技と結果で終えることができました。その時に選手生活を終えていたら、今も選手として復帰することを望んでいたかもしれません。実際に選手としてやってみなければ分からないこともたくさんありました」

 2014年3月の世界選手権は、ショートプログラム(SP)で当時の世界歴代最高得点(78.66点)を更新するなど圧巻の演技で優勝。しかし、1年間の休養から復帰した15−16シーズン以降、彼女は満足いく内容・結果を得られず苦しんでいた。ブログでつづっているように、実際に再び競技生活を歩んだからこそ、未練なく今回の決断に至ることができたのだろう。

演技の背景にあった根源的な強さ

 15歳だった2005年にグランプリファイナルを制し、一躍スターダムを駆け上がった彼女は、その後も世界選手権で3度の優勝、バンクーバー五輪銀メダルなど栄光に満ちたキャリアを過ごした。女子選手には難易度の高いトリプルアクセルを武器に、記録だけではなく記憶に残る演技も多かった。

 中でもソチ五輪フリースケーティング(FS)は大きな感動を呼んだ。金メダル候補の筆頭でありながら、SPでは3つのジャンプをすべてミスして、まさかの16位スタート。心が折れても仕方がない状況の中、彼女は鮮やかによみがえった。冒頭のトリプルアクセルを成功させると、その後も次々とジャンプを決めていく。出場選手で唯一、8回のトリプルジャンプに挑み、6位にまで浮上した。演技が終わった瞬間、彼女の目からは大粒の涙がこぼれた。

 もちろんジャンプだけではなく、スケーティングの技術や表現力もあるからさまざまな曲を自分のモノとして、巧みに演じることができるそして何より、浅田の演技は技術以上に彼女の“生き方”を感じさせたどんなに困難な状況でもあきらめない。常に最高レベルを目指す。言うのは簡単だが、実践するのは非常に難しい。そうしたアスリート、表現者として根源的な強さが背景にあったからこそ、演技により輝きが増した。

「選手であるからには、現状維持ではなく、自分ができる最高のレベルで臨まなければいけないし、常に挑戦をしていく必要があると思っています」

 彼女が常々、口にしていた言葉だ。

フィギュア界に残した功績

 芯の強さを感じさせたのは、演技だけではない。試合後のメディア対応でも彼女は毅然としていた。通常、満足いく演技ができなかったときの取材は、どの選手にとっても避けたいものだ。しかし、彼女は誠実に自分の思いを伝える。質問者の方に体を向けて、きちんと目を見て話す。騒々しい中で、声が届かないと感じたら意識的に声量を上げていた。

 ソチ五輪のSPで16位スタートとなったときでさえ、それは変わらなかった。優勝はおろか表彰台すら絶望的な状況となり、ショックを受けていたはずなのに、涙を見せることなく、必死に言葉をつむいでいた。

 国民的スターであるがゆえに、背負っていたものは大きかった。それでもトレードマークとなっていた屈託のない笑顔は、シニアデビューしたころとまったく変わらない。バンクーバー、ソチと2つの五輪に共に出場した鈴木明子さんは以前、「真央が感じていたプレッシャーは相当なもので、私だったら耐えられない。近くにいたからこそ、その苦しさがすごく分かった」と話していたが、そうした中で自分を見失わず、世界の頂点にまで上り詰めたことは、彼女が特別な選手である何よりの証しだろう。常に前向きかつ謙虚。時に意図せず笑いを誘ってしまう発言もあったが、その天真爛漫(らんまん)な一面が彼女の魅力をより際立たせた。

 多くの選手が彼女に憧れ、目標としていたのも、スケートの実力だけではなく、そうした人間性が兼ね備わっていたからこそ。長年にわたり、日本の女子フィギュア界をけん引し、世界の舞台で戦い続けたこともそうだが、彼女のようになりたいと願うジュニアの有望株が育ってきていることも浅田が残した1つの功績と言っても過言ではない。

これからも挑戦を続けていく

「私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の一つの通過点だと思っています。この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています」

 彼女はブログの最後をこう締めた。未来についての具体的な展望は明らかにしていない。以前、自らのスタイルとして「先のことは誰にも分からないから、私は時の流れに身を任せてずっと生活している」と語っているが、これからも彼女は現役時代と同じようにチャレンジを続けていくことだろう。「挑戦する」ことが彼女にとっては生きがいでもあるからだ。

 浅田真央という偉大な存在がリンクを去ったことで、日本女子フィギュア界は新たな時代を迎える。これまでもそうであったように、彼女が残したものを、次世代の選手はしっかりと受け継ぎ、後世へと伝えていく必要がある。世界の舞台でもより存在感を発揮していくことが求められていく。

 自分に厳しい生粋のアスリート。ジャンプや滑りの技術も抜群だったが、苦しみにも耐え抜く精神力は別格だった。天性の才能に加え、弛まぬ努力を積み重ねた希代のスケーター。その存在はいつまでも人々の記憶に残り、語り継がれていくことだろう。

(文:大橋護良/スポーツナビ)
(引用終り)


 色々な記事が出てますが、これ、凄い的確に真央ちゃんの魅力を伝えてくれていて、泣けて来ますね


 練習きわめた努力の人 純粋さと明るさと、浅田真央引退(朝日新聞デジタル)

 「天才」という呼称で済ませてはいけないそう思わせるほど、浅田真央は練習量の多い選手だった。

 佐藤信夫コーチは、浅田の指導で最も苦労したことを「練習をやめさせることだった」と話す。本拠の中京大のリンクでは、長いと午前9時に練習を始め、終わるのは午後6時半。その間、2、3回に分けて計4~5時間滑る。さらに氷上練習の合間、他の選手が一息入れるようなときも、筋力トレーニング、柔軟体操、縄跳び、ランニングを詰め込んでいた。

 佐藤コーチは、2014年ソチ五輪の数分間に最大限の力を出すため、練習量を少なくするよう助言した。浅田は「どうして、練習してはいけないんですか」と答えたという。

 なぜ、それほど努力できるのか、と聞いたことがある。浅田は、「『自分が口にした目標はやらなきゃだめ。スケートをやるからには、それを窮めないとだめ』と母が言っていました」と語り、「練習から逃げ出したいと思ったことはない」と付け加えた。

 ソチ五輪シーズンのショートプログラム(SP)は、その母と共に滑るプログラムだった。

 浅田の振り付けを長年担ったローリー・ニコル氏は、「真央が母を見上げ、一度それを振り払い、また見上げて母に届こうとする場面がある。真央のお母さんは、私たちといつも一緒なのです」と説明した。完全な演技を見せたフリー「ラフマニノフ」の陰に隠れてしまったが、ショパンのノクターンで演じたSPには、いつも浅田に寄り添い励まし続け、2011年12月に48歳で亡くなった母・匡子(きょうこ)さんへの思いが込められていた。
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朝日新聞社
(引用終り)


 浅田真央引退 日本中が見守り続けた笑顔と泣き顔(日刊スポーツ)

 さようなら、真央ちゃん。フィギュアスケート女子の10年バンクーバー五輪銀メダルの浅田真央(26=中京大)が引退を表明した。15歳でGPファイナル制覇も年齢制限により06年トリノ五輪に不出場。ライバルのキム・ヨナ(韓国)との激闘、最愛の母匡子さん(享年48)との別れ、そして14年ソチ五輪で見せた奇跡のフリー。競技の枠を超えて愛された国民的ヒロインが、勝負の銀盤に別れを告げた。

 号泣する浅田の姿が、人々の心を震わせた。14年2月のソチ五輪。SP16位と出遅れ、メダルの可能性はなかった。それでも浅田は代名詞のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を含めてジャンプをすべて着氷。「奇跡のフリー」に、大相撲元横綱朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジ氏が「2日間あんまり寝てない。本当に感動をありがとう。真央ちゃん。メダルなんかいらない」とつぶやいた。ロシアの地元記者は「私はサムライを見た。メダルが何だ! サムライにとって唯一の勲章は不朽の名声だ」とした。競技も、国境も超えて、愛された希代のスケーターだった。

 05年のGPファイナルで中学3年生が当時最強と言われたスルツカヤ(ロシア)を抑えて初出場で優勝。世界に衝撃を与えた。06年トリノ五輪は年齢制限で出場できなかったが、天真らんまんだった少女が大人に成長する過程を日本中が見守った。10年バンクーバー五輪でSP、フリーを合わせて3回転半を3度決める女子初の快挙を達成して銀メダル。同じ年齢のライバル、キム・ヨナとの争いは常にスケート界の中心だった。ライバルも諦めた高難度の技を跳び続けた。フィギュアの進化を促し続けた孤高の存在だった。

 GPシリーズではファイナル4度を含む日本人最多の15勝をマークした。全日本選手権は6度制した。世界選手権優勝3度も日本人最多。しかし悲願の五輪金メダルには届かなかった。

 多くの苦難に立ち向かう姿が人々の心を打った。競技の地位を高めた功績は計り知れない。三原舞依、本田真凜ら浅田に憧れる子どもたちがスケートを始め、普及と強化にも貢献した。5歳で銀盤に魅了されてから21年。誰からも愛された国民的なヒロインが、真剣勝負の舞台から去った。【益田一弘】
(引用終り)


 浅田真央 最後まで「頑固」だった氷上のアイドル(日刊スポーツ)

 フィギュアスケート女子の10年バンクーバー五輪銀メダリストの浅田真央(26=中京大)が10日、自身のブログで現役引退を表明した。14年ソチ五輪シーズン後に1年間の休養。18年平昌五輪を目指し、15年10月に復帰したが、今季は左膝のけがもあり、不調に苦しんだ。昨年末の日本選手権では、今季初めて最大の武器であるトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)に2度挑んだが、失敗。その後「気力もなくなりました」と説明した。関係者によると明日12日にも都内で記者会見を開く見通しだ。

 浅田はとても頑固だ。柔らかい物腰、純真さを感じさせるその言動、華麗な演技からは一見すると想像は難しい。だが、取材を開始した12年世界選手権(ニース)を思い出すたびに、ある一言がその裏付けをしてくれる。

 当時はどん底だった。11年末に最愛の母を亡くし、自信を取り戻していたジャンプも成長の確信を失った。ニース入り後、公式練習からトリプルアクセル跳び続けたが、フリー演技まで56回連続で失敗。結果は6位。記者としては、そこまでの固執はかたくなすぎて迷いを感じさせた。

 翌日、帰国するニース国際空港。早朝6時、空港に姿を見せた浅田に「お疲れさまです」と声をかけた。予期されたのは、顔を曇らせるか、少なくとも好意的な態度ではなかった。だが、返ってきたのは、「朝からお仕事大変ですね」の声。それは嫌みも一切なく、前日までの悲壮感もまとっていなかった。このギャップがその後もずっと取材し続ける中で、引っかかり続けていた。

 疑問がほどけたのはソチ五輪を挟んで15~16年シーズンまで4年間、浅田を追う中で徐々にだった。分かってきたのは、浅田は迷っていたのではなく、誰よりも「頑固」だということ。例えば3回転半。一時期封印していた時期もあったが、年齢を重ねても決してこの武器を手放すことはなかった。練習でうまくいかないと、練習場から「出てって!」と強い口調で関係者に訴え、黙々と1人で取り組んでいたこともある。強い口調と普段の浅田とは結び付かないが、決めたら実行する芯の強さも彼女の真実だった。

 それを知ると、ニースの朝の空港での言動も理解できるようになった。3回転半を跳び続けたから、貫徹し続けたから、余計な感情の起伏もなく、至って平静に対応してくれたのだろう。容易に想像してしまう「失意の帰国」とは違った姿こそ、彼女の意志の強さ、それを表していたのだなと今では思う。さまざまな困難を乗り越えるなかで戦い続けてきた、それがアスリートとしての強さの源だったとも感じる。

 15~16年シーズンで復帰した際に、こう言った。「それだけではなく24歳でスケート界ではベテランに入ってきている。もちろんジャンプ技術を落とさないことが大事ですけど、それだけではなく大人の滑りができればいいなと」。それとは3回転半のことで、スピン、ステップを含めた演技全体への意識の変化を感じさせる発言だった。「大人」をどう体現していくのか、そこに注目していただけに、今季の滑りに疑問があったのも確かだった。「なぜまた、3回転半にこだわり続けるのか」と。

 ただ、引退を聞いたいま思うのは、最後まで彼女は頑固だったということ。最後になるかもしれなかったシーズン、ジャンプに挑むことがアスリートの本分として、きっと「平静」、当たり前の判断だったのだろう。左膝の負傷の影響は分からないが、引退理由に気力を挙げた。気力とは、物事を成し遂げようとする精神。浅田を支えてきた貫徹する頑固さ、それが競技人生の突然とも思える終幕の理由だったとしても不思議はない。【12~16年担当=阿部健吾】
(引用終り)


 続いて肉親で有る浅田舞さん関連のニュース。


 浅田舞、妹・真央の引退に「ありがとう。本当にお疲れ様」(サンケイスポーツ)

 現役引退を発表したフィギュアスケート女子の浅田真央(26)=中京大=の姉で、プロフィギュアスケーターでタレントの浅田舞(28)が11日、自身のツイッターを更新。「ありがとう。そして本当にお疲れ様」とねぎらった。

 さらに、真央への思いをつづった文章も掲載した。

 以下全文。

本当に彼女が引退する日がくるもんなんだと、今がその時なんだと、未だ私自身が信じる事が出来ていません。

フィギュアを初めてから21年間、長年トップ選手として活躍し続けていた中には喜びも葛藤もあったのでしょうが、それらを含め、生活の全てをスケート中心で考えてきた事に、ただ脱帽です。

彼女の競技生活からは学ばせてもらう事ばかりでした。

決断したばかりで次の目標を決める事は難しいと思いますが、今は自由な時間を楽しんでほしいと思います。

姉としても、ファンの1人としても、彼女の選手としての生活に心からお疲れ様。そして本当に多くの感動をありがとう。

 浅田舞

(原文ママ)
(引用終り)


 浅田舞、真央との”姉妹水入らず”に思い巡らせる「一緒にお酒を楽しみたい」(サンケイスポーツ)

 10日に現役引退を発表したフィギュアスケート女子の浅田真央(26)の姉で元フィギュアスケート選手、浅田舞(28)が11日、横浜市内で行われた出演舞台「AMAZING 八犬伝」(東京・ディファ有明、28、29日)の公開稽古に出席。妹の引退について涙ながらに語った。

 自身も2008年まで現役を続けた舞は、「本当にお疲れ様という言葉と、ありがとうを伝えたい」と涙。「本人は明るく晴れやかな気持ちで次に向かって歩き出したので、私が涙しちゃいけないですね」と声を詰まらせた。

 前日10日に真央と会っていたことを明かし、印象に残っている妹の演技に14年ソチ五輪のフリーを挙げた。「妹からは学ばせてもらうことばかりで感謝の気持ちでいっぱい。これからは姉妹の時間を大切にしたい」と笑顔。「姉妹でゆっくりお酒を飲んだことがないので、一緒にお酒を楽しみたい。暖かいところに旅行に行ってみたい」と“姉妹水入らず”の生活に思いを巡らせていた。
(引用終り)


 今まではほとんどスケート一色の人生だったことでしょう。
 まずは普通の若い女性の楽しみを、お姉さんち一緒にゆっくりと味わって欲しいです。


 続いては戦友達関連の記事。



 高橋大輔氏 引退の浅田真央と競演期待「また氷上で一緒にスケートを」(スポニチアネックス)

 フィギュアスケートの元世界女王・浅田真央(26)が現役引退を表明してから一夜明けた11日、2010年バンクーバー五輪銅メダリストの高橋大輔氏(31)が所属事務所を通じてコメントを発表した。

 「浅田真央選手の引退表明は彼女が色々と考えた末の結果だと思います。競技会からは離れることになりましたが、僕は『浅田真央』のスケートが大好きですし、また一緒に氷上でスケートをできることを楽しみにしています」とアイスショーなどで共演することを期待。

 「ここからが新しいスタート。今まで以上に大変なこともあるかもしれませんが、今後の活躍を陰ながら見守っていきたいと思います」とサポートを誓い「今はまだ先のことは考えられないと思いますが、まずはゆっくり休んでもらいたいなと思います。長い間、現役生活、本当にお疲れさまでした。そして、たくさんの感動をありがとう」と労いと感謝の言葉を送った。

 高橋氏は14年10月に現役を退いた。
(引用終り)


 またテレッテレのペア演技を観せて欲しいですね


 小塚崇彦氏、真央引退は事前に「直接」聞いていた 坂上から追求も”親友”は売らず/フィギュア(サンケイスポーツ)

 元フィギュアスケート選手の小塚崇彦氏(28)が11日、フジテレビ系「バイキング」(月~金曜前11・55)に出演。2010年バンクーバー五輪で銀メダルを獲得したフィギュアスケート女子の浅田真央(26)=中京大=が自身のブログで現役引退を表明したことについてコメントした。

 浅田の引退表明を受けて、この日の番組では冒頭から浅田について特集。また、浅田とも親交の深い小塚氏をゲストに招いた。

 MCの坂上忍(49)から「事前に知ってたんですか?」と早々に水を向けられた小塚氏は、「えーとですね。まあ、はい。プライベートな時に話をしてもらったので、内容と時期とかはちょっと」と微妙に言葉を濁した回答。「一応、話は直接(聞いた)」と認めつつ、「本当に一大決心だと思うんで、そこを決めきったっていうのはちょっと安心感。浅田真央さんが決心したっていう意味で安心感につながっている」とコメントした。

 また小塚氏は、浅田が引退を表明したブログの「選手として続ける自分の気力もなくなりました」という点に着目。「やっぱりその“気力”っていうところは“気持ち”だと思うんですよ。気持ちの面で言うと、オリンピックっていうのがやっぱり一番強いと思うんですよ。オリンピックに出るだけじゃなくて高みを目指していく、彼女もそういう性格なので。彼女はもうオリンピックで銀メダルを取っているってなると、どこを目指すかっていうともう金しかない。そこを目指すための気持ちが維持できるか、来シーズンに向けて、そこを維持できるかっていうのがこの文章に含まれているんじゃないかな」とフィギュアスケーターの目線で分析した。

 そして、浅田の今後についての話題になると、坂上は再び小塚氏を指名。「何か聞いてますか?」と尋ねられるも、「ええ、まあ、それもなんですけど。ちょっと、まあ、プライベートで…。信頼関係もあるので…」と苦笑いしつつ言及を避けた。

 放送中には『親友・小塚崇彦が明かす決断秘話』などとテロップも打たれ、坂上も「それぐらいはさ~教えてくれないと~」とごねたが、小塚氏は最後まで口を割らず、浅田の信頼に応えた。
(引用終り)


 小塚君はコーチも一緒だった時期も短く無いですし、やはり事前に聴いていたんですね。


 無良崇人、中京大同級・真央の1日9時間練習を回想「僕ならどこかおかしくなる」(デイリースポーツ)

 フィギュアスケート男子日本代表の無良崇人(26)=洋菓子のヒロタ=が11日、TBSテレビ「Nスタ」(月~金、後3時50分)に生出演し、中京大で同級だった浅田真央の引退について、「練習を(1日)9時間やる選手はいなかった。僕が3~4時間だった」などと間近で見ていたエピソードを明かした。

 無良はまず、「寂しい半面、彼女の努力を見てきただけに(決意が)分かった。お疲れさまでした」とメッセージ。自身が台頭する前にすでの超一流の座にいた浅田について、「フィギュアスケートを有名にしてくれた。中京大に入ったころは僕らの中で憧れ。彼女のような選手になりたいと思った選手は多かったと思う。それが気がついたらお互いが一番上の年齢にいて励まし合った。言い表せない気持ちです」と加えた。

 浅田を指導した佐藤信夫コーチが「練習をやめさせるのに苦労した」と振り返ったが、無良も浅田の練習シーンを思い起こし、「休みをつくらない、365日に近い練習。中京大の同級生としてじかに同じリンクに立ち、どれだけ努力をしていたか。自分ももっと頑張らなくてはと思った」と明かした。

 無良は練習に歯止めをかけない浅田の内面についても言及。「できないことがイヤなんだ思う。多分できるまで何時間でも練習をやれる。それは才能の一つだった」と語ると、「続けてやるのは難しい。僕らはリラックスするタイミングがないと試合のとき疲れるが、彼女の頭の中にはそれがなかった」と語ると、浅田の1日の練習時間について「9時間やる選手はなかなかいない。どこかおかしくなる。僕は3~4時間だった」と明かした。

 番組ではソチ五輪での浅田のフリー演技をVTRで放送。無良は「ショートの失敗をフリーでどれだけリカバリーするか、すごいプレッシャーがあったと思う。歴史に残るシーンですね」と感想。「最後の最後まで粘り続ける。(演技が)終わるころは鳥肌が立ちっぱなしでした」と振り返った。

 無良は浅田が公式サイトで引退を発表後、11日未明に自身のツイッターを更新。「同い年という縁から互いに励まし合い頑張ってきた仲間。数々の名演技を残し、今もなお彼女の演技を見たいファンがたくさんいる。寂しさは否めない。だけど、これだけは言いたい。真央が居たから、僕らもここまで頑張れた。彼女のファンとして、また元気な姿を見れる日を心待ちにしているよ。お疲れ様!

とてもじゃないけれど、twitter140文字では足りない」とつぶやいていた。
(引用終り)


 村上佳菜子、先輩の真央に感謝「姉であり、あこがれの存在」(スポーツ報知)

 フィギュアスケート女子の浅田真央(26)=中京大=が自身のブログで引退を発表したことを受け、14年ソチ五輪で浅田と共に日本代表として戦った村上佳菜子(22)が11日、取材に応じた。

 中京大中京高に進学した際には、同校の先輩だった浅田から入学の際にブレザーをもらうなど、普段から仲がいい。引退を10日の報道で知り「驚きました。でも、感謝とお疲れさまの気持ちでいっぱいです。これからも友人として、スケーターとして仲良くできたらいいなと思います」と心境を語った。

 浅田と同じリンクで練習してきた村上は、一番近くで練習する姿を見てきた。「どうやったらこれだけ毎日気持ちが続くんだろう?ってくらい(真央ちゃんは)練習してました。本当に、努力を教えてもらいました」と大好きな先輩との日々を振り返った。最後まで涙はなかったが、報道陣に「浅田はどんな存在か?」問われると「姉であり、あこがれの存在。なくてはならない存在」と少しだけ瞳を潤ませた。
(引用終り)


 他にも戦友達がツイッターで真央ちゃんに慰労や感謝の言葉を述べていました。


 村上大介選手のツイッターより。

村上大介.PNG

 武田奈也さんのツイッターより。

武田ナナ01.PNG

武田ナナ02.PNG

 武田さんは年下の真央ちゃんに憧れていたんですね。
 僕と一緒だ
 武田さんは真央ちゃんとの写真も沢山アップして下さいました


 澤田亜紀さんのツイッターより。

澤田アキ.PNG


 続いてコーチ関連の記事。


 真央指導の佐藤コーチ「偉大なスケーター」 発表前に直接報告 涙のハグも(デイリースポーツ)

 フィギュアスケートの元世界女王の浅田真央(26)が現役引退を発表したことを受けて、バンクーバー五輪以降、指導した佐藤信夫コーチが11日、横浜市内で取材に応じた。引退を発表する前の10日の午前中に、新横浜のリンクを訪れた真央から直接引退の報告を聞いたそうで「『終わりにする』ということだった。よくここまで頑張ってきたなと思う。お疲れ様しか言葉がなかった」と、愛弟子をねぎらった。

 昨年の全日本後、真央が新横浜のリンクを訪れたのは初めてだった。引退の相談はなかったが、「正直、そういう風になるのかなと予測はしていた」という。浅田真央という選手について「偉大なスケーターだった」と評した信夫コーチは、今後について「いつまでもみんなに愛されるスケーターであって欲しい」と、願いを込めた。

 信夫コーチとともに、真央を支えた妻の佐藤久美子コーチも「寂しくなりますけど、いつかはこういう日がくる。今まで頑張ってきたから」と、優しい口調で話した。「私たちにとって、あれだけ素晴らしいスケーターが一緒にいてくれたのは幸せだった。あれだけ華やかな選手はいない」。スッキリとした表情で引退を報告した真央だったが、別れ際、コーチたちとハグをすると、感極まった表情も見せていたという。久美子コーチは「最後はね。こっちもグッときちゃったし」と、笑顔で振り返った。
(引用終り)


 最後はわざわざ横浜まで出向いて直接報告したんですね。
 真央ちゃんらしい・・・



 【浅田真央引退表明】元コーチのタラソワさん「これからの人生の成功を祈っている」「今も真央が好き」(産経WEST)

 フィギュアスケート女子の2010年バンクーバー冬季五輪銀メダリストの浅田真央(26)=中京大=が現役引退を表明したことについて、バンクーバー五輪でコーチ役を務めたロシアのタチアナ・タラソワさん(70)が10日、産経新聞社の電話取材に応じ、「真央は素晴らしい女性。これからの彼女の人生の成功を心から祈っています」と語った。

 ロシアのフィギュア界の重鎮で、コーチとしてこれまで数々のメダリストを生み出してきたタラソワさんは2007年より浅田とコンビを組み、曲目の振り付けに加え、演技やジャンプを指導。モスクワから浅田のために作った大会の衣装なども送り、長年の間、世界の舞台で活躍する浅田の競技人生を支えてきた。

 「真央はとても練習熱心で、才能あふれる選手でした。私たちは一緒に頑張って、良い成果を残したと思っています」とタラソワさん。3年前のソチ五輪の時は、浅田のフリーのラフマニノフの曲目の振り付けを担い、大会のとき、自身はロシアのテレビ番組の解説者役を務めながら、会場で浅田の演技を見守った。

 タラソワさんは「私はソチ五輪のときに、真央が素晴らしい演技をして、思わず泣いてしまった。私は今でも真央のことが大好き。これからも彼女の幸せを祈っています」と語った。(佐々木正明)
(引用終り)


 タラソワさんの振り付けは最高でした。
 贅沢を言えばもう一度タラソワさんの振り付けで五輪で演技する真央ちゃんを観たかった。
 身勝手なファンの、これも本当の気持ち
 タラソワさんにもありがとうと言いたい



 羽生君も。


 羽生結弦、引退表明の真央を「これからもずっと私の憧れの人」(サンケイスポーツ)

 フィギュアスケート女子で2010年バンクーバー五輪銀メダルの浅田真央(26)=中京大=が10日、自身のブログで現役引退を表明した。これを受け、今年の世界選手権で3季ぶり2度目の優勝を飾った男子の羽生結弦(22)=ANA=が11日、日本スケート連盟を通してコメントを発表した。

 「トリプルアクセルも、複雑なステップも、伸びやかなスケーティングも、浅田選手にしかできない演技を、どんな状況でも、どんなときでも挑戦する姿を見てこられて幸せでした。フィギュアスケートが大好きな浅田選手のスケートが大好きです。これからもずっと私の憧れの人です。たくさんの夢をありがとうございました。また会えることを楽しみにしています。本当に、お疲れ様でした」
(引用終り)


 続いて後輩達から・・・


 宇野昌麿、引退の真央に感謝「人生を大きく変えてくれた人」(スポーツ報知)

 フィギュアスケート女子の浅田真央(26)=中京大=が自身のブログで引退を発表したことを受け、所属の後輩で17年世界選手権銀メダルの宇野昌磨(19)=中京大=が11日、取材に応じた。

 宇野にとって浅田はスケートを始めるきっかけをくれた人。「人生を大きく変えてくれた人であり、尊敬するアスリートって1番、思える選手。自分もいつかそういうふうに思ってもらえる選手になりたい」と思いを語った。

 また、浅田にジャンプを教えてもらったこともあり、「とっても真央ちゃんらしい教え方で、元気をもらえたなって思います」と笑顔。最後に報道陣から、浅田にどんな姿を見せていきたいか問われると「少しでも浅田選手のような手本になれる選手になりたい」と誓った。
(引用終り)


 本田真凜「真央ちゃんがずっと好き」後継者への誓い(日刊スポーツ)

 フィギュアスケートの世界ジュニア選手権(3月、台北)で2位に入った本田真凜(15=大阪・関大高)が11日、高槻市内で10日に現役引退を表明した浅田真央(26=中京大)について語った。

 前夜、引退は報道で知ったといい「寝ようとしていたときに、ビックリしすぎて、テレビをつけた。真央ちゃんの小さい頃からのVTRをやっていて、全然眠れなかった。すごく寂しい気持ちで一杯です」と素直な気持ちを口にした。

 本田にとって、浅田は憧れの選手だった。「(6歳だった07年に)全日本(選手権)で初めて真央ちゃんのスケートを見た。その時に同じグループで滑りたいと思った」。16年の全日本選手権でその夢がかない「(同選手権の)練習の時から、自分の練習より、真央ちゃんの曲がけを見ていた」と思い出を振り返る。

 来季からはシニアに上がり、18年平昌五輪へ、新しい女子フィギュア界の顔として周囲の期待も大きい。浅田に対しては「私が何かを言える立場じゃない。『(もし何かを伝えられるなら)真央ちゃんのスケートが今までも、これからも、ずっと好きです』と伝えたいです」。大先輩のように「人の心に残る演技ができるように頑張りたいです」と今後の選手像を描いた。
(引用終り)


 僕は寝た後のニュースで助かった・・・
 昨日寝る前に知ってたら本当に眠れないところでした・・・
 今日はちょっと睡眠時間削って緊急特番観ないといけませんが



 後輩達はツイッターでも・・・


 新田谷凜選手ツイッターより。

新田谷リン.PNG


 真凜ちゃんと同じこと言ってますね。
 良かったね~



 真央ちゃん引退のニュースは海外でも・・・


 浅田真央、引退の衝撃は海外でも拡大の一途「レジェンドが別れを告げる」(THE ANSWER)

昨夜から世界で波紋が広がる電撃引退、海外メディアは改めて称賛

 女子フィギュアスケートの浅田真央が10日、自身のブログで現役引退を発表した。世界選手権を3度制覇した銀盤の女王が下した26歳でのキャリアの幕引き。日本はもちろん、昨夜から続々と速報が伝えられている世界各国でも大きな衝撃は未だ止んでいない。

「レジェンド」「トリプルアクセルの女王」と現役時代の浅田の美しいスケーティングと輝かしいキャリアを各国メディアは改めて称賛している。

「マオ・アサダ、レジェンドが別れを告げる」と特集したのは、イタリア国営放送「RAI」電子版だ。

「芸術的なスケートの世界で、世界王者3度のマオ・アサダは競技生活からの引退を決断した。理由は闘争心の欠如だ」

 こう述べた上で、昨年12月の全日本選手権で12位に終わったことで「ついにタオルを投げることになった」とレポートしている。

スペイン紙は「トリプルアクセルの女王」と称賛、ベルギー、フランスでも…

 スペイン地元紙「スポルト」電子版は、浅田のトレードマークの3回転半ジャンプから「トリプルアクセルの女王」と称賛した。

「世界選手権3度優勝後、トリプルアクセルの女王、アサダは女子フィギュア界で異例の1年間の休養期間を過ごした」

 このように振り返り、2014-15年シーズンを全日程休養に充てることで、充電を図ろうとしていたことも紹介している。

 ベルギーのスポーツ専門メディアグループ「スポルツァ」電子版は「マオ・アサダがスケートから引退」と速報。フランス地元紙「レキップ」電子版も「世界選手権優勝3度のマオ・アサダが引退」と報じている。

 電撃的な引退発表の波紋はとどまるどころか、世界中に広がり続けている。

ジ・アンサー編集部●文 text by The Answer
(引用終り)


 浅田真央、惜別の声は世界のスケーターに広がる「マオがスケートの道変えた」(THE ANSWER)

日本のみならず世界の戦友から続々労い「私たちのスポーツを発展させた」

 女子フィギュアスケートの浅田真央(26)が10日、自身のブログで現役引退を発表。日本のスケーターらが労いの声を上げる中、国際舞台でしのぎを削ってきた世界のスケーター、さらに未来の浅田を目指す10代の若手選手も惜別のメッセージを送っている。アメリカのフィギュア専門メディア「アイスネットワーク」がツイッター上のコメントをまとめている。

「マオ・アサダが引退」――。日本の26歳の決断は海を越え、銀盤の上で戦ってきたスケーターたちにも大きな衝撃を与えた。

 全米選手権3度Vのアシュリー・ワグナー(アメリカ)は、12年四大陸選手権で2位浅田を下して優勝し、ともに表彰台に上った。「マオちゃん、美しく、輝かしいキャリアを祝福します。あなたの才能が氷上を照らし、スケーティングの道を変えてくれた」とつづった。

 欧州選手権覇者で、浅田が優勝した10年世界選手権で銅メダルを獲得したラウラ・レピスト(フィンランド)は「私たちのスポーツを発展させたマオ・アサダに大きな尊敬と感謝を。究極で唯一無二のキャリアにおめでとう、今後の成功を願います!」とエールを送った。

 02年ソルトレイク五輪のアイスダンス金メダリスト、グウェンダル・ペーゼラ(フランス)は「偉大なキャリアを祝福します、マオ。試合の重圧から離れ、氷上で我々を楽しませ続けて下さい。また近いうちに一緒に滑れることを祈っています」と投稿した。

 また、浅田よりも若い世界のスケーターは、日本の26歳へ憧れの想いを明かした。

未来の浅田を目指す10代スケーター、取材してきた海外メディアの記者も…

 16年カナダ選手権覇者の21歳、アレーヌ・シャルトラン(カナダ)は「マオは私のヒーローの一人! 彼女はいろいろな意味でこのスポーツを前進させた。彼女の演技を見るのはいつも楽しかった! ありがとう、マオ」と記した。

 ペアで15年ジュニアグランプリファイナルを制した17歳、エカテリーナ・ボリソワ(ロシア)は「みんな愛してるわ、マオちゃん」とつづった。

 さらに、選手にとどまらず、浅田を取材してきた海外メディアの記者も惜別の声を上げている。

 元「シカゴ・トリビューン」のスポーツ担当記者、フィリップ・ハーシュ氏は「フィギュアスケート(とスポーツ)が好きな誰もが、今日引退を発表した素晴らしきマオ・アサダを恋しがることだろう」と想いを馳せた。

 ルーマニアのフロレンティナ・トーン記者はマオ・アサダの演技を目の当たりにすれば、誰もが1人のファンになるしかありません。何年も我々はそれが全てでした。ありがとう、プリンセス」とねぎらった。

 代名詞のトリプルアクセルと表現力で世界を魅了してきた浅田真央。その影響力の大きさを示すように、引退を惜しむ声は世界中で上がっている。

ジ・アンサー編集部●文 text by The Answer
(引用終り)


 ルーマニアの記者さんの言葉が泣かせます



 海外のスケーター達からも続々と・・・



 ジョニー・ウィアー氏のツイッターより。

ウィアー.PNG

 Mao-Chanと呼んでくれるのが嬉しいですね


 ジェイソン・ブラウン選手は日本語で?

ジェイソン・ブラウン.PNG


 デニス・テン選手は真央ちゃんとのツーショットを。

デニス・テン.PNG


 ミーシャ・ジー選手は昔から真央ちゃんファンでしたね。

ミーシャ・ジー.PNG


 クリスティ・ヤマグチさんも

クリスティヤマグチ.PNG


 そのニュースは他のスポーツ界のみならず、政界まで・・・


 <浅田真央>五輪相「彼女の存在は金メダル」 ・・・引退表明で(毎日新聞)

 丸川珠代五輪担当相は11日の閣議後記者会見で、浅田真央選手の引退について「もったいない。まだやれると思った」と惜しみながらも「ぎりぎりの精神状態とずっと向き合って競技人生を送ってきた」とねぎらった。

 14年ソチ五輪で、ショートプログラム(SP)で出遅れた浅田選手がフリーで挽回した姿に触れ「本当に素晴らしい精神力と最高の輝きだった。五輪ということでは金メダルを取れなかったが、彼女の存在や輝きは金メダルだった。年はずっと下だけど尊敬している」と称賛した。

 菅義偉官房長官も「非常に驚いたと同時に残念だ。フィギュアスケートのイメージを大きく変えた素晴らしい選手だ」と述べた。そのうえで、五輪で金メダルを獲得できなかったことを挙げ「多くの皆さんは浅田選手の演技は金メダルだったと思っているだろう」とねぎらった。【松本晃、田中裕之】
(引用終り)


 『彼女の存在が金メダル』とはなんと嬉しく、そしてぴったり来る言葉なのだろうか・・・



 サッカーの長友選手もツイッターで・・・

長友.PNG


 真央ちゃんは明日引退会見を開くそうだが、TV局も異例の対応をしている。


 浅田が12日に引退会見=「感謝の意述べたい」-フィギュア女子(時事通信)

 ブログで現役引退を表明したフィギュアスケート女子の浅田真央選手が12日午前11時半から東京都内で引退発表の記者会見を行うことになり、11日に所属事務所が発表した。

 事務所は「本人の口から現役引退の報告をさせていただくと同時に、現役中のご支援、ご鞭撻(べんたつ)に対して感謝の意を述べたい」としている。
(引用終り)


 浅田真央 引退会見をNHKが異例の生中継 総合、ラジオでも(デイリースポーツ)

 女子フィギュアスケートの浅田真央(26)が12日に行う引退会見を、NHKがテレビとラジオで生中継することが11日、分かった。通常はローカル枠の情報番組「ひるまえほっと」を差し替え、総合テレビで午前11時25分から同11時54分の枠で、全国に向けて生放送する。

 浅田は12日午前11時半から都内のホテルで現役引退の会見を行う。

 同局関係者によれば「スポーツ選手の引退会見を生中継するとなると、最近では珍しい」と破格の扱い。「多くの人に注目され、人気があった」という点も考慮して異例の生中継を決めた。

 その後も6分間の気象情報をはさみ、場合によっては正午のニュースでもそのまま生中継する可能性もあるという。ほかにも引退会見はラジオ第1で午前11時30分から50分まで生中継する。

 またBS1では、12日に午後8時~午後9時50分の枠で、引退特番として「NHK杯 氷上のメモリーズ『浅田真央』」の放送を決定。2014年元日に放送した番組の再放送で、浅田が出場したNHK杯での演技を特集したものとなっている。

 テレビ朝日は11日、電撃引退を発表した女子フィギュアスケートの浅田真央の緊急スペシャル生放送「ありがとう!真央ちゃん」を午後7時から放送。フジテレビも12日午後7時から引退特番「浅田真央 26歳の決断~今夜伝えたいこと~」を放送すると発表。突然の引退発表を受け、テレビ各局が急きょ特番体制に入っている。
(引用終り)


 おいおい、NHKが引退会見を生中継って、ちょっと凄く無いか?
 正直、相当の騒ぎにはなるだろうとは思ってはいたが、ここまでの扱いには大ファンの僕も戸惑うばかりだ
 しかし、僕が思っていた以上に、彼女が人々から愛されていたことの証として、嬉しく思いたい。
 とはいえ、我が家はNHKの電波が悪い。 他局でもノーカット中継してくれないかとは思うが、CMも有るしなあ・・・



 フジが12日夜に浅田真央の引退特番 秘蔵映像満載(日刊スポーツ)

 フィギュアスケート女子の10年バンクーバー五輪銀メダリストの浅田真央(26)が引退を決断した。

 華麗なスケーティングとトレードマークのトリプルアクセルで世界を魅了してきた浅田真央にこれまでの“感謝”を込めて、フジテレビでは4月12日(水)午後7時から同8時54分、「引退 特別番組 浅田真央26歳の決断~今夜伝えたいこと~」を放送する。引退発表直前、長く彼女の取材を続けてきた渡辺克樹ディレクターに語った“独占インタビュー”と“密着取材”さらには秘蔵映像も満載で、決断の裏側とこれまでの軌跡を描く。

 <浅田真央コメント>

 「小さな頃から地元の名古屋で取材していただき、ずっとお世話になってきた渡辺さんには、今回の件についてきちんとお話ししたいと考えました。この取材を通じて私の気持ちが応援してくださった皆様に伝わればうれしいです」

 浅田真央本人の希望もあり、昨年10月から平昌五輪に向けて密着取材を継続していた中での、彼女の決断。最後に「浅田真央が伝えたいこと」とは。そして、15年に渡り取材を続けてきた秘蔵映像と数々の名演技で描く、笑顔と挑戦の軌跡。ジュニア時代から“トリプルアクセルを跳ぶ天才少女”として、類いまれな才能を発揮。15歳で初優勝を飾ったグラプリファイナル、3度の金メダルに輝いた世界選手権、数々のドラマを生んだ全日本選手権、2度のオリンピック…涙の銀メダルとなったバンクーバー、世界中に感動を呼んだソチ。浅田真央の笑顔と涙、その挑戦はいつまでも色あせることはない。
(引用終り)


 発表直前に語ったのがフジというのが少し気にはなるが、きっとこの渡辺ディレクターという方が真央ちゃんの信頼に足る人物だったのだろうと考えて観たい。
 最後まで真央ちゃんを裏切るような演出とかしやがったらフジ絶対許さん

 それにしても本当に反響が凄い。
 完全に想像以上だった。
 石原裕次郎が亡くなった時でもこんなだったか? いや、もっとだったんだろうな

 今日は次から次へと上がって来るニュースから僕が共感できる、僕の想いと一緒だと思ったものをチョイスしてつらつらと紹介して来たが、こうやって書いている間にもまたどんどん上がって来ているのでしょうね。 全部読んでたら本当に眠れなくなってしまう

 そろそろ帰って今日のテレビ朝日の特番を観ないといけないし、一体何時に眠れるのだろうか?



 とにもかくにも、真央ちゃん、本当にお疲れ様でした。
 これまで多くの希望と感動と勇気を与えてくれたことにいくら感謝しても感謝し切れない気持ちで一杯です
 これからは自分の為に、そして自分の愛する人の為に存分に生きて欲しいと思っています。
 あなたはこの地上で最も幸せになるべき人だと思っています。
 そして僕によっては地上で最も尊敬するアスリートでも有ります。
 この感謝の気持ちを、いつか直接、自分の言葉でお伝えしたいです。

 最後に、真央ちゃんの今後の人生が、誰よりも幸せなものとなることを祈念し、本記事を終わりたいと思います。

 真央ちゃん、本当にありがとうございました!!
 

posted by ちゃんちゃん at 22:56| 大阪 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちゃんちゃんさん泣き顔

昨日の朝の番組で知りました、心臓をおもいっきり叩かれたような衝撃でした。いつかは引退を覚悟していましたが、ジャパンオープンに出るかな?曲はとか楽しみに…娘が夜中に知ったようですが、私に知らせると泣くからと。

浅田真央、誇りに思いますこれからもずっと。
真央ちゃん特番が凄いことになっていますね!NHKも見ないと♪
世界中から愛されているんだなと今更ながらー(長音記号1)ウウッ涙ばかり。
特番を予約できる限りしまくります。
真央ちゃんの、競技での滑りは見れないので保存版にします。

フジさん、ヨナと絡めないでよ嫌になっちゃうからね。
真央ちゃんに沢山の幸せが降りますようにうれしい顔
Posted by ゆんゆん at 2017年04月12日 11:48
とうとう…でした。
遅かったのか、早かったのか、わかりません。でも、清々しい会見でした。

台湾人男性が喜びそうですね…。

こんな素敵な選手の演技を、こんなに毎回毎回応援できたことは、全く幸運だったと思います。

IOCから金メダルを受け取るとか、安倍さんから国民栄誉賞授与されるとか、うちの旦那さんと「穢されるみたい」で嫌ということで意見が一致しました。そのステージの人ではないのだから。

空が、浅田選手の引退を惜しむように、予報に反して今日も涙しています。週明けからよく晴れてぽかぽか、のはずだったのに。

冷たい雨に打たれても天然ボケの我が家の桜の膨らんだつぼみは、春の日差しをじっと待っています。
日の光がさせば、満開になるでしょう。まこと、浅田選手は桜の花に似ている。ほのかに香って繊細で絢爛。

今はもう、ひたすら感謝しかないです。

Posted by 笑顔 at 2017年04月12日 15:12
> ゆんゆんさん

 本当に、日本人の誇りですよね。
 誰よりも幸せになって欲しいです。

 僕もこれから帰宅して特番観ます。
 ヨナが絡むことは仕方無いかな? とは思うのですが、絡め方ですよねぇ。
 本気の編集はフジが上手いし感動的なものを作れますから、そういう良い方向に行っていることを期待したいです。

 ああ、今日は何時に眠れるのかな・・・
 昨日は会社で11時までかかって記事書いて、帰宅して特番観たりして眠れたのは3時でした(涙)
Posted by ちゃんちゃん at 2017年04月12日 20:23
> 笑顔さん

 そうですね。
 やっぱり『とうとう・・・』ですかね。

 本当に、真央ちゃんらしく、また清清しい会見でしたね。

 こちらは午後から晴れて来て、ほんのりの夕焼けはまるで真央ちゃんの第二の人生の門出を祝っているように見えましたよ。
 桜も今朝までの雨に負けず、頑張って散らない桜が多いです。
 まるで真央ちゃんのような強さのようにも見えます。 その花びらは本当に真央ちゃんのジャンプみたいにふうわりと・・・(涙)

 この時代に日本人でいれて幸せでした。

 あ、国民栄誉賞、僕は出るなら出して欲しいなとは思います。
 メダルなどでは無く、本当のヒーローやヒロインが貰うべき賞だと思うからです。
 僕が思う史上最高のアスリートは浅田真央です。 誰よりもそれを貰う権利が有ると思えるので(笑)
Posted by ちゃんちゃん at 2017年04月12日 20:30
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