2021年03月01日

『うっせぇわ』の是非

 少し前からこの歌の件は書こうかどうか考えていたのですが、今朝、下に紹介する記事を読んでやっぱり書いておこうと思いました。

 単純に、僕は嫌いなんですけどね。
 
 
 「『うっせえぇわ』は子どもに歌わせない」という親たちに伝えたいこと(現代ビジネス)

 YouTubeで大評判となっている『うっせぇわ』。子どもたちはじめ夢中になる人が続出する反面、「歌詞を真似したら困る」など反対の意見も多くあるという。ジャーナリストの島沢優子さんが考察する「うっせぇわ」の効果とは。

子どもが「うっせぇ」と言って困る?

 うっせ~、うっせ~、うっせ~わ♪

 つい口ずさんでしまう、中毒性のあるメロディーライン。そして、痛快な歌詞は、社会をこうぶった切る。

 クソだりぃな
酒が空いたグラスあれば 直ぐに注ぎなさい
皆がつまみ易いように 串外しなさい

 年齢や役職が下の者は、上の者にかしずき従え。そういわんばかりな謎の常識を、「くせぇ口塞げや 限界です」と糾弾する。

 18歳の女性シンガー「Ado」が歌う、この『うっせぇわ』。
昨秋に配信リリースされると、YouTubeのミュージックビデオが公開1週間で再生回数100万回を記録。ビルボードジャパンのダウンロードソング1位にも3週連続で輝いた。Adoの圧倒的な歌唱力が支持される一方で、作詞作曲を手掛けた「syudou」(噂だと20代で社会人経験もある男性だとか)が綴った歌詞が一部でバッシングされている。

 「子どもに宿題しなさいと言っても、うっせえ、うっせえと歌うばかりで言うことを聞かない」
「不快感と、重めの“中二病”を感じた」
「心の中でいきってて、可哀想」

 子育て中のママは「教育によろしくない」と眉をひそめ、大人たちは「調子に乗るな」と否定的。皆さん結構イライラしているようなのだ。
ええ~、なんで? なんで? すごくいい歌詞じゃんと、当方、不思議でたまらない。だってこれ、私のような50代中年だって心に沁みる。

酒も注げないのか、気が利かねえ女だな

 大学卒業後はちょっとだけ企業で働いて、そのあとは毎日倒れるまでバイトして2年間海外に留学。帰国後に就職してすぐの新人歓迎会で楽しく飲んでたら「酒も注げないのか。気が利かねえ女だな」と上司に叱られた。それまでウロウロしていた欧州じゃ、老いも若きも自分で勝手に飲む。酒を注ぐとか、焼き鳥の串を外すのが「女性社員の仕事」なんて思いもよらなかった。

 あっ、すみませんと、ビールの瓶を両手で持って傾けると、「なんだその注ぎかたは!」とさらに怒鳴られた。グラスに瓶をつけて注いではダメというのである。
「ホント、常識ねえな。(留学していたのが)ロンドンだか、どこだか知らねえけどな、お前が働くのは日本なんだからな」

 ビールの注ぎ方と、記者という仕事の関連性を詳しく教えてくださいと言えばよかった。そういまだに後悔する。まさしく「クソだりぃな」と思っていた。クソだりぃがいつも顔に出ていたからかはわからないが、その上司にはずっとつらく当たられた。

 したがって、この歌に対し「今の時代を生きる若者の閉そく感が反映されている」といった好意的な意見を聞くと、いやいや、若い子だけじゃないよ、50代のおばさんもわかるぜよ、と言いたくなるのだ。

 例えば、最初のほうの歌詞。

 ちっちゃな頃から 優等生
気づいたら 大人になっていた
ナイフのような 思考回路
持ち合わせる訳も無く

 そうそう、いい子でいなきゃと思っていた。家でも学校でも。協調性があって素直で真面目な子が好かれるんだもん。「女は短大に行け」って言う親に必死で頭を下げて大学行ったよね。当時は「#me too運動」なんて妄想さえしなかった。
そう。人によっては老いも若きも共感できる歌なのだ。

「日本は子どもをリスペクトしないよね」

 若者のリアルな感想も聞いてみたいので、大学4年生になる長男に、どう思う? と尋ねると「めちゃくちゃ共感できる」と言う。

 「大人に対するレジスタンスだよね。大人が思っているよりも、子どもとか若者はストレスを抱えてるんだよね。俺も含めてね。日本はさ、上下関係の文化が根強いじゃん。それをいいことに、子どもをリスペクトしないよね。人生経験は大事だと思うよ。でも、すべて大人が正しいとは限らないよね。特に今これだけ価値観とか変わってるのに、自分たちの経験則を押し付けようとするよね。だからこれ聴くと、過去のことを思い出すんだよ」

 彼のこころに影を落としているのは、とある学校の部活動だ。顧問の先生は、対外試合で生徒がファウルすると「そんな態度で恥ずかしい」と怒った。何かあれば罰を与え「連帯責任」を打ち出してきた。先生なりに、生徒を成長させるためだと考えていたのだと思うが、思春期真っ只中の彼らとなかなかかみ合っていないように見えた。

 先生が「恥」と感じる部分を多く持ち合わせていた長男は、怒られるので、反抗する。悪循環だった。
親としては「先生に反抗してばかりじゃダメだよ」と言ったほうが良かったのかもしれない。だが、父母ともに思っていないことは言えない性格のためほったらかし。よって、長男は仲間と尾崎豊『卒業』大合唱という風情であった(校舎の窓ガラスは割らんけど)。

 息子は続ける。
「日本の社会って人間の同質化を目指してるよね。例えば、みんながこれをできないとダメ。できない人、苦手な人は他のことができればいいよ、とはならない。大人が子どもに同質化を求めるから、友達同士もそうなって自分と違うやつを許容できない。それでいじめが起きるよね」

「うっせぇわ」は「私の話を聴いて」

できないことを責め立てるより、補い合えばいい Photo by iStock
 友達関係だけじゃない。家族もそれぞれ、できること、苦手なことがある。
例えば、長男は彼の妹、つまり長女が洗面台に使用済みのデンタルフロスをパラパラとおきっぱなしにすることを注意していた。だが、一向に直らない。

 ある日、長女が洗面台で「え~、かわいい。サンキュー」と兄に向ってお辞儀をしていた。

 彼は妹用に、ビニール袋があらかじめセッティングされた「使用済みフロス入れ」をこしらえたのだ。フロスがたまったら、袋ごと捨てればよい。些細なことだが、ものぐさな妹を責めるよりも、解決方法を一緒に考えてあげればよい、という結論に至ったのだという。

 「あいつ(妹)はフロスを捨てられない。だから捨てるところを作ってあげればいい。そんなふうにしてお互い補い合えばいいんだよ。できない人をめっちゃ責めるよりも」

 そんなことを、『うっせぇわ』は求めているような気がしてならない。

 社会じゃ当然のルール
不文律最低限のマナー

 それらに対して「うっせぇ」と毒を吐く。そして「現代の代弁者は私やろがい」と未来を生きる権利を宣言する。
けれど、その辛辣な「うっせぇわ」は、実は「私の話を聴いてよ」という心の叫びではないか。日本社会のマウント体質へのレジスタンスであり、若者たちの鎮魂歌なのかもしれない。

大人の学びは痛みを伴う

 大人はまるで自分たちが信じて育んできた文化を否定され、見直してと言われたように感じるのだろう。だから、この歌に拒否反応を示すのかもしれない。これまで生きてきた年月を自ら否定しなくてはならず、それが長ければ長いほど自分を変えること難しい。大人の学びは痛みを伴うのだ。

 しかしながら、大人が学びの痛みを避け続ければ、新しい世代は傷を負う。パワハラやモラハラはなくならない。パワーハラスメントは、「組織などでの地位や人間関係などの優位性」を利用して、他者に嫌がらせをしたり、苦痛を与えたりすること、と定義されている。

 大人のマウント体質が改善されなければ、森発言で注目されたジェンダーフリーや人権意識の向上もなしえない。

 ちなみに、例のデンタルフロスを片付けられない長女に、『うっせえわ』は子どもに聴かせるなっていう声があるんだけどと尋ねたら、こう言った。

 「音楽とか、小説とか芸術は、人生の教材だよね。子どもはうっせえとか悪い言葉が好きだから、意味も分からず連発しちゃうけど、少し大人になってまた聴いたとき、まったく違う受け取り方ができるよね。私もそんなことあったよ。尾崎豊とか。あとで本質に気づくっていうのがいい。それがエンターテインメントの価値でもあるわけだから」

 へえ。そんなこと考えてるんだ。そうだね。尾崎の『卒業』や『15の夜』だって、歌詞の内容が批判にさらされていた。
「盗んだバイクで走り出す」「夜の校舎 窓ガラスこわしてまわった」は犯罪行為だと言われ、「校舎の裏 煙草をふかして」は未成年の喫煙描写だと抗議を受けた。

 だが、年月が経って人々はその本質に気づき、歌は「名曲」になる。
エンタメは人生の教材ねぇ、いいこと言うねぇ。親の顔が見たいねぇ。

 最後の一言が気に入らなかったようで、「うっせぇわ」と言われた。

島沢 優子(フリーライター)
(引用終わり)


 僕が気になった箇所には青以外の色を付けてみた。
 あと、僕が嫌いなのは下の部分の歌詞。

 『一切合切凡庸な あなたじゃわからないかもね』
 『頭の出来が違うので問題はナシ』



 まず最初に言っておきたいのは、もしこれを歌っているAdo氏が言われている通り本当に女子高生で、作詞作曲したsyudou氏が20代で社会人経験の有る男性というのが本当なので有れば、このような歌詞を女子高生に歌わせた大人を僕は軽蔑する。 男女関わらず、高校生に歌わせて良い歌詞では無いと思うから。

 他者のことを『一切合切凡庸な』とか、自分のことを『頭の出来が違う』とか、他者を見下し、自惚れる、謙虚さのかけらも無いこのような歌が良いとは全く思わない。

 この記事を書いたのは比較的僕と同じ世代の女性のようですが、僕の様な土建屋でさえも、『空いたグラスに酒そそげ』とか言うような上司は居なかったとは言わないが、極めて稀だった。 もちろん、それは僕の勤める会社がそれなりの規模の企業だったというのは有るかとは思うが、このライターさんの会社が酷かっただけかもしれない。 それにいまどきそんなこと言ったらパワハラだ、セクハラだと言われる時代でもある。
 中学・高校くらいの時、僕の周りでは『女は短大に行け』なんて言う親なんて聞いたことが無い。 僕の通う高校が進学校だったのも有るとは思うが。
 このライターさんは多分に周囲の人達に恵まれなかっただけなのでは無いかとさえ思う。 まあ、僕が周りの環境に恵まれていたということもたぶんに有るのかもしれませんが。

 それに、パワハラの定義が記事中に書かれていますが、今は逆パワハラの方が下手すれば問題です。
 弱い立場でパワハラをチラつかせて逆パワハラして来るようなやつなんてザラに居ますから。 むしろ普通のパワハラより辛いですよ。
 ジェンダーとか、なんでもかんでも平等とか主張し過ぎる世の中になって、逆に生きにくくなって来ていると感じています。
 個々がどう考えようとそれは自由ですが、このような歌詞の歌を女子高生に歌わせて公共の電波で流すことが僕は良いとは思えません。

 あと、『日本は子どもをリスペクトしない』とも思いません。
 僕は親に殴られて育ちましたが、僕をリスペクトしていなかったとは思っていません。 暴力(というより体罰)も時には必要だと考えているからです。
 僕も自身の子供達をリスペクトしています。 先週末は息子に救われましたし、娘の頑張りも尊敬に値すると思っています。
 僕は子供に体罰とかはほぼせずに育てましたし、偉そうなことを言っても子供をリスペクトしていると格好付けながら実はあまり子供達に色々と強く言えなかっただけでも有ります。 それは息子が幼稚園か小学校低学年の頃に僕に言った『見て無いのに決めつけないで!』という言葉が心に刺さり、以後、子供達を想像や一方の言い分で叱ることを辞めましたが、そのおかげも有るのか、親バカながらなかなか子供達は思ったよりしっかり育ってくれたように感じています。 たぶん、それなりに信頼関係もできていると思っています。
 そういう我が家族のことも有り、『日本は子どもをリスペクトしない』とは思えません。

 ただ、この歌を歌う子供をどうするか、それはそれぞれの家庭の問題だと思います。
 ダメならダメで、その理由をきちんと言って聞かせれば良い話だと思っています。
 
posted by ちゃんちゃん at 22:57| 大阪 ☁| Comment(4) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この記事にもやもやを感じていたので、ちゃんちゃんさんが整理してくださったことに胸がすく思いです。

幸いにも、うちの子供からはそんな言葉をぶつけられていません。
歌手や作曲者やライターの方々の生い立ちは、さぞかし苦労の連続だったのではないかと思います。

仰るとおりの醜悪さを自分も感じました。
加えるならば、社会の理不尽は大人だって日々浴びているのだし、不満はあるにしても喧嘩腰で来られては大人も反発し、お互い不幸になるだけです。

20代の社会人経験のあるという作曲者は、人の不幸を自分の金に換えたのだし、歌手は大人の世界を利用して有名になったのだから同情の余地はありません。

もしかしたら、こんなにバズるとは思っていなかったのかもしれませんが・・・
Posted by プー at 2021年03月01日 23:41
 プーさんもこのニュース記事でモヤモヤされたのですね。
 僕の記事でそのように感じていただけて良かったです。

> 社会の理不尽は大人だって日々浴びているのだし

 そうなんです。
 逆パワハラでは無くとも、大人だって理不尽の中に生きていると思うんです。
 若者だけでは無く、各世代、それぞれの世代間ギャップも含めて色々と苦しいことが有る中で生きていると思うんですよね。 どの世代の誰もそうですが、『自分だけが苦しい。 自分だけ特別な理不尽を受けている。』というのは勘違いなんですよね。 まあ、そう感じるのは仕方ありませんし、そう思うのも勝手ですが、こういう形で世間に垂れ流すのは違うと思うんです。

> 20代の社会人経験のあるという作曲者は、人の不幸を自分の金に換えたのだし、歌手は大人の世界を利用して有名になったのだから同情の余地はありません。
もしかしたら、こんなにバズるとは思っていなかったのかもしれませんが・・・

 なるほど、そういう考え方も有りますね。
 まあ、おっしゃる通り、まさかこんなにバズるとは思って無かったでしょうけど。
 僕がこの作詞作曲者なら、恥ずかしくて仕方ないと思ってしまいそうです。 まあ、それ以上に儲かってラッキー、と思うかもしれませんが(笑)

 
Posted by ちゃんちゃん at 2021年03月02日 00:14
ウチの店では営業中に有線を流しているので、この曲は一日に何十回と聞いています。
ただ、作業中なので本気では聞いていないのでサビの部分しか印象に残っていませんでした。
まあ、不平不満を言ってる歌なんだろうな?とは思ってましたが。
歌い手さんは高校生で作詞家は二十代ってことですから、どちらも子供の感覚なんだと思います。
自分の言いたいことを歌にしたんでしょうね。
それがヒットしてラッキー❗ってとこでしょうね。(笑
たしかにうっせ~わってとこは耳に残るんでヒットするのは当然でしょうね。
子供が真似するっていうのは昔から何度もあったことなので、大したことでは無いでしょう。
子供向け番組の主題歌で「はじめて~のチュ~」てのもありましたしね。(笑

ライターさんも子供なんだと思います。
記事を読んだ印象は自分の息子と娘の自慢話のように感じました。
ご自身が体験したパワハラの話しですが。
おそらく上司の方は私と同年代ぐらいかと。
この年代だとこういうことを言うのは普通だったと思いますよ。
おそらく先輩方からもっと厳しく躾られたとおもうんで。
それをパワハラと思うか、教育と思うかの違いでしょうね。
これが社内での飲み会ではなくお客さんの接待だったら、これが元で受注できない可能性もあるわけですからね。
今ではそんなことを要求する企業は無いでしょうけど、当時なら「会社の教育が出来ていない」と思われていたかもしれません。
昔が全て良かったとは思いませんが、今の流れもどうかとは思いますね。
Posted by Mizo at 2021年03月03日 21:38
 昨夜、世代別で心に刺さった歌、みたいな番組やってまして、尾崎豊さんの歌とかやっていましたが、『盗んだバイクで走り出す』とかの歌詞が有り、社会や大人への不満は有っても、結局は抗えない葛藤とか、そういうのを歌詞にしているだけで、きちんと前も向いている感じも有るんですよね。 誰かを貶めたりはしていませんし、僕ははまってませんでしたが、良い歌だなと思えますね。

 ライターさん、50代と書かれてますので、上司の方はMizoさんよりもっと上の方なのかな? と勝手に思ってました。
 僕の世代ではそういう感じの上司は居なかったとは言いませんが、さほどは居なかったですねぇ。

 僕はそもそも仕事関係での飲み会なんて必要無いと思ってるんです。
 飲み会しないと懇親できないような関係なら最初から無い方が良いと思っているもので。 そんなことで築いた関係なんて軽薄なものだと思っているんです。
 だってブログ上でのやりとりだけで、きっとMizoさんは僕のことを凄く理解して下さってますし(笑)

> 昔が全て良かったとは思いませんが、今の流れもどうかとは思いますね。

 もの凄く同意です。
Posted by ちゃんちゃん at 2021年03月03日 22:09
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